経理屋が読み解く『MMT入門』

『MMT入門』(L・ランダル・レイ,2019,東洋経済新報社)をベースにMMTを解説します。ときには自分の思うところを書き綴ったり。

1-8.ビルトインスタビライザー

2008年の大不況のあと、多くの国で政府赤字が急激に膨らんだ。評論家たちは、これを様々な財政刺激策(米国における自動車産業とウォールストリートの救済、アイルランドにおける銀行救済を含む)のせいにしたが、ほとんどの国で赤字が増加した最大の要因は財政の自動安定装置によるものであり、裁量的な支出によるものではなかった。

『MMT現代貨幣理論入門』kindle版 76/553pp


当ブログは、こちらの複式簿記を説明した記事を読んでいただいている前提で書いています。未読の方は是非ご一読ください。 

xbtomoki.hatenablog.com

  

当ブログは、私がこちらの書籍を読んで、理解したことや考えたことを記事にしたものです。

MMT現代貨幣理論入門

MMT現代貨幣理論入門

 

 

 

おさらい

ざっと前回のおさらいをしておきます。

  • PB=税収-消費支出-移転支出
  • PBの推移をグラフにすると、こんな感じ

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  • 好況ならPBは黒字に傾き、不況ならPBは赤字に傾く

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以上、前回のおさらいでした。

 

マクロ恒等式との組み合わせ

マクロ会計の恒等式

政府収支(PB)+民間収支-経常収支=0

これと前回の表を組み合わせて考えてみると、日本の経常収支は金額が小さいので、無視してしまえば、政府収支(PB)+民間収支=0ですから、

好況→PB黒字化民間収支はマイナス(赤字)となる→マネーストック減少→景気が後退して平常時に近づく

不況→PB赤字化民間収支はプラス(黒字)となる→マネーストック増加→景気が回復して平常時に近づく

 

つまり、景気の動きによって生じるPBの動きは、好況期においても不況期においても、景気を平常時へ近づけます

この仕組みには、経済状況が過剰な熱狂、または過剰な落ち込みに陥ることを防ぐ景気安定化作用があります。

 

ビルトインスタビライザー

さらに、PB影響要素のうち、所得税法人税、失業保険等は、政府の裁量によらず、自動的に働いて安定化に寄与するので、特に「ビルトインスタビライザー(自動安定化装置)」(Built-in stabilizer)と呼ばれます。「ビルス」と略する方もいらっしゃいます。

"ビルトイン"っていうのは、Built inで、build(=建築する)の過去分詞のbuiltにinが付いたものです。ビルトインの食洗機とかありますよね。あーゆーイメージです。もうすでに元から組み込まれてるというか、そんな感じです。

"スタビライザー"っていうのは、stable(=安定した)っていう形容詞があって、その名詞形が"stability"で、それに「~化する」っていう意味の"ize"と、「~するもの」っていう意味の"er"まで付いて、stable→stabil+ize+erでstabilizerって感じです。「安定させるもの」っちゅうことですね。

 

税=ビルスタとは限らない

なお、税=ビルスタとは限りません。

例えば、所得税法人税は代表的なビルスタですが、消費税には自動安定化の機能がまるでありません。ここで税収の推移をご覧ください。

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景気と連動している所得税法人税とは対照的に消費税はすごく気持ち悪い動きをしています。

1989年、1997年、2014年の3回のタイミングで税率が上げられたときに増加し、あとはただひたすら好況だろうが不況だろうがお構いなしに真横に推移します。

これが消費税の重大な欠陥の1つなのですが、消費税の是非の関する議論はまた今度にします。

 

ビルトインスタビライザーの影響度

それでは、ビルスタは、どのくらい日本経済の安定に寄与してきたのでしょうか。

だいぶ雑ではありますが、「ビルスタ=所得税法人税」として、冒頭のPBグラフのデータを基に、PB赤字の前年からの変化量をビルスタによるものと、そうでないものに分解してグラフ化しました。

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グラフから見て取れるのは、

  • バブルのころのPB変化は、ビルスタによるところが大きかった。ビルスタがしっかり機能していて、ビルスタ以外がバブルを助長していたのに対して、ビルスタが強く働くことによってPBが黒字に傾き、バブル崩壊(1991)直後は逆にPBを赤字へ傾かせている。
  • リーマンショックのころは、ビルスタも機能しながら、ビルスタ以外も安定化に寄与していた(機動的な景気対策の支出が行われていた)。このころは麻生さんもかろうじて正気を保ってたんですかねえ・・・2008年、2009年に大きく支出を増やして赤字を拡大した後、2010年は黒字への揺り戻しが起きている。但し、法人税率がバブル期よりもだいぶ下げられているので、ビルスタ機能が落ちていたとも考えられる。
  • 2011年以降、ビルスタは正常に機能していないかもしれない。
ということで、かつてはビルスタは日本経済の安定に寄与していましたが、近年はだいぶその影響度が弱まってきていると言えるでしょう。
ビルスタが弱まっていることに関する考察は、また今度とします。
 

政府の裁量可能性

さて、政府はPBをどこまで裁量的に決定できるのでしょうか、そしてビルスタに頼らずに景気の動きをどこまでコントロールできるのでしょうか。

以前の記事で説明したとおり、私たちは自身の支出を増やすことについては自由に決定できますが、収益を増やすことについては自由が利きません。それは政府も同様です。

xbtomoki.hatenablog.com

  

税収

政府は税収の""を直接決めることはできません。

政府が決められるのは"税率"だけです。

所得税法人税

所得税法人税ビルスタなので、税率を上げた場合、直接的には税収増の影響が生じますが、税収増は景気後退を招くので、税収減の影響も同時に生じます。税率を下げた場合は、その逆です。

結局のところ、プラス影響とマイナス影響が同時に発生して相殺されてしまい、その大きい方が正味の影響として発現することになりますが、どちらの影響の方が大きくなるかを事前に予想することは困難というかほぼ不可能なので、実質的には所得税法人税の税収を政府がコントロールすることはできません。

消費税

消費税は、基本的には税率を上げれば上げただけ税収が増えます。しかし、その分だけ消費が停滞し、それは所得税法人税を減収させ、税収全体としては増えません。税収が思ったように上がらないので消費税率を上げる、すると消費税の税収は上がるけど税収全体は上がらない、そこで消費税率を上げる・・・ということを日本政府は30年くらい続けています。そのせいで国民はどんどん貧困化しましたが、政治家はそれに気づかず、なんと当の国民さえもそれに気づいていません。what a f**k...

ですので、政府は消費税率の変更によっても税収をコントロールすることはできません。

税制変更による景気のコントロール

以上のとおり、政府に税収をコントロールする能力はありませんが、税率はコントロールできます。そして、いずれの税についても税率を上げれば、基本的には景気が落ち込みます。税率を下げた場合は、その逆です。法人税は、増税で投資や賃金への分配率を上げる効果が期待できるので、そうとも言い切れない部分もありますが・・・

つまり、政府は税制変更によって景気をコントロールする能力を持っています。

 

移転支出・消費支出

支出については、政府はその額を(理論上は)直接自由に決めることができます。

増やすは易く、減らすは難し

しかし、新たな支出は、だいたい翌年度以降の継続的な追加の支出を創出しますので、政府支出は、通常、毎年増加し続けます。

例えば、新しい道路を作ったとしましょう。すると、道路は作りっぱなしにするわけにはいきませんので、作った後はそのメンテナンス費用が永続的にかかります。これは道路以外の、例えばダムを作っても同じことですし、さらにダムだとメンテナンス費用に加えて管理職員の人件費も発生します。

よって、基本的には政府は支出額を自由に決められて、特に増やす方向の変更には、直接かかってくる制限はありません。但し、減らす方向については、簡単ではない場合が多いです。例えば、ダムのメンテナンス費用を削るには、ダムの解体工事が必要で、その工事には費用も時間もかかります。放置する、というファンキーな選択肢も一応ありますが・・・

予算編成による景気のコントロール

政府が支出を増やせば、PBが赤字化(民間部門が黒字化)して、景気は回復します。これは比較的自由に実行可能ですが、逆に支出を減らすことは簡単ではありません。

つまり、政府は予算編成によって景気を良くする方向のコントロールはできますが、逆は難しい、と言えます。

 

小まとめ

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但し、政府はビルトインスタビライザーが自動的に働いていることも考慮しながら、裁量的な税制変更・予算編成によるコントロールを行う必要があります。ときには裁量的なコントロールが全く不要な場合もありうる、ということに注意するべきです。
 

まとめ

ランダルレイの主張を私なりに解釈すると・・・

 

PB赤字にヒステリックな反応をするのはナンセンスだ。

PBはビルトインスタビライザーに影響を受けるんだから、不況期におけるPB赤字化は当然であって、むしろ健全なことだ。もしそうならなければ、または人為的に赤字化を阻害すれば、余計に不況が加速してしまう。

話は変わるが、先日、私はリビングでゴキブリを見つけた。朝、リビングからベランダに出て、リビングに戻り、トイレに行き、再度リビングに戻ったとき、それはそこにいた。おそらくはベランダに出入りしたときに侵入したのだろう。どす黒さの中にかすかな茶色の艶がチラつく出来の悪いベッコウ飴みたいなやつだった。しかもデカい。ブリゴキカイデー。私は半ばパニックを起こし、殺虫スプレーをぶちかました。私は戦いに勝利したが、その代償は小さくなかった。殺虫スプレーの大量散布は、なんか変な液体でリビングをベタベタにしたのだった。

PB赤字を目にしたとき、先日の私のように冷静さを失ってしまう方がときどきいらっしゃるが、 

「税収構造が経済成長に与える影響として、消費税は税収に占める割合が高まるほど、経済成長と親和的となるが、所得課税は経済成長を阻害するといわれている。こうした点への理解を深めるとともに、今後目指すべき方向としては、法人税は減税、所得税所得再分配機能の強化、消費税は増税とすべきである。」(土居丈朗さん)

財政健全化に向けて (2019年10月24日 No.3428) | 週刊 経団連タイムス

 「経済成長と親和的」ってどういう意味ですかね?「親和的となる、所得課税は経済成長を阻害する」ですから、税収に占める消費税の割合が増えるほど、消費税増税は経済成長を促進するようになるっていうこと?

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落ち着いてよーく見てほしい。それは政府にとっては赤字だが、民間部門にとってはどす黒さの中にかすかな茶色の艶がチラつく黒字である。

ここで政府が為すべきことは、殺虫剤の大量散布でリビングをベチャベチャのグチョグチョにすることではない。リビングがベチャベチャになってしまうと、まず掃除が大変だ。私はだいぶ多くの雑巾と時間を費やさざるを得なかった。さらにシンナーみたいな臭いがするので換気をしたいところだったが、窓を開けるとまたヤツが侵入してくる恐れがあった。私は正気を失っていたので、ガラス戸を開けて、網戸を閉める、その一瞬でさえ堪えることができなかった。仕方なく、自身の健康を危険にさらし、かつ悪臭を我慢しながら、換気扇だけで空気を入れ替えることにした。いかん、脱線している。

私が言いたいのは、ヒステリー反応は事態を解決するどころか、私の住環境をかえって悪化させてしまった、ということだ。

私は後悔した。私はヤツを同居人として受け入れるべきだったのだ。初めは招かれざる客だったかもしれないが、我が家をカサカサと動き回る姿を温かく見守り、もし元気が無いようであれば、ときどきエサを与えたりして、その成長を手助けしてあげるべきだった。そしていつか彼が元気に我が家を飛び立つ姿を見て、私は涙を流していたかもしれない。

政府は、これと同じように、一定のPB赤字を自然なものとして受け入れるべきだ。さらにビルトインスタビライザーの効き具合に注意を払いつつ、必要であれば裁量的な支出も加えるべきだ。もし、PB赤字を毛嫌いして、この世から存在を抹消しようなんてことをすれば、経済はヌチョヌチョになってしまうだろう。もうすでにだいぶそうなっているが。

 

 

それでは本日ここまで。

 

おまけ

 【余談1】

以前ツイッターで、「PBが黒字化したときには、景気が良くなる。いままでのデータがそうなってる。」みたいなことを言われる方がいらっしゃいましたが、

逆です。

「景気が良くなった」のが原因で、「PBが黒字化した」が結果です。

 

逆に捉えたまま、「だから不景気を脱却するにはPB黒字化を目指すべき」とかに理論を発展させちゃうと大変なことになります。不況なのにPB黒字化なんかやったら、余計に不況を加速させてしまいます。

なんで、この、因果関係を逆に捉えてミスリードするっていうことをする人が後を絶たないんですかね。この因果逆転論法になんかいい名前付けてほしいなあ。

とはいえ、私も気づかずにやってるときがあるかもしれません。気を付けたいと思います。

 

【余談2】

ビルトインスタビライザーって、なんだかルシャトリエの原理と似てますね。

fromhimuka.com

 

日本人は本当はもっと豊かになれます。そのためにはもっと多くの人々が貨幣と経済の仕組みを理解しなければなりません。

私たちが、そして次世代の子供たちが、貧困に怯えずに暮らせる日本を目指しましょう。

 

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